6時35分、八王子発松本行き
8月上旬の金曜日の早朝、通勤客の姿が目立ち始めた八王子駅にやって来た。といっても、私が向かうのは東京方面とは反対方向の下り方面なので、電車を待つ人の姿もまばらだった。
6時35分、松本行き。松本駅までは約3時間40分、44駅の旅だ。
八王子から乗り換えなしで行くことができるので、楽といえば楽、ぶっ通しで座りっぱなしなのでお尻が痛くなるといえば痛くなる、どっちがいいとも言えないが、往路はまだまだ元気なので、ノープロブレムだ。
そういうわけで、今夏の青春18きっぷで泊まりがけの「温泉&アートのセコ旅」に選んだのは、信州方面。長野県立美術館に寄って1泊目は別所温泉、無言館を再々訪問して2泊目は戸倉温泉…という魂胆で出発したのだった。
【新宿→松本 4,070円】
5:44発 新宿 JR中央線快速・高尾行
6:30着 八王子
6:35発 八王子 JR中央本線・松本行
10:17着 松本
松本駅に到着したのは10時17分、朝が早かったので、小腹が空いてきた頃だった。松本に来ると必ず寄るのが、駅前の「小木曽製粉所」。電車の乗り継ぎまで時間があったので、10時半の開店に合わせて入店。
めんつゆもセルフ式の立ち食い蕎麦だが、並盛も大盛も値段は同じという良心価格。私は小腹が空いていただけなので並盛にしたが、せっかくなので、信州のローカルフードである山賊焼きもセットで付けておいた。蕎麦も山賊焼きも、まあ、間違いのない味だ。
11時53分、姨捨駅で下車して棚田めぐり
【松本→姨捨 770円】
11:09発 松本 JR篠ノ井線・長野行
11:53着 姨捨
「姨捨」と書いて「おばすて」と読む。この駅を通るたびに、車窓からの景色の美しさに惹かれていた。それもそのはず、姨捨駅は「日本三大車窓」なのだそうだ。いつか下車して、眼下に広がる棚田を歩いてみたいなあ…と思い焦がれていた。おまけに、この日は真夏の空の青さが濃く、ひときわ美しいではないか。
そんなことを考えているうちに、夏空と蝉の声に誘われて、「長野県立美術館へ寄る」という当初の目的をいきなりひっくり返して、とっさに姨捨駅のホームに下り立ち、長野方面へ向かう車両を見送っていた。おいおい、姨捨駅最高じゃんかよ、空がめっちゃ広い、棚田めっちゃ美しい、てゆーか、日差しがめっちゃ強いし、暑くてたまらん。そんなことを思いながら、ホームから眺める姨捨の棚田は素晴らしいのだった。
駅の時刻表で、姨捨駅から長野方面に向かう次の列車は13時19分であることを確認し、1時間20分もあれば棚田をぶらっと歩いて駅に戻ってくるには、ちょうどいい時間ではなかろうか。そんなことを考えながら、駅の待合室に置いてあった棚田散策ガイドを手に取り、棚田へと向かう。
長楽寺の境内を通って棚田へと向かう。暑い。暑すぎる。というか、分かっちゃいたけど日陰がない。
ただひたすら炎天下の棚田を歩く私の眼前には、美しい緑の稲穂が広がっていた。広がっているが、こちとら棚田をぐんぐん上っていくのに汗がだらだらと体を流れ、ちょっと申し訳ないが風景を楽しんでいる余裕などなかった。ようやく風景を楽しむ余裕が出てきたのは、高台まで上って、振り返って善光寺平の眺めを眼下に収めた時だった。吹く風が汗をかいた肌に心地いい…と言いたいところだが、ほぼ無風なのだった。
疲れた。ちょー疲れた。予定外に疲れてしまったが、旅の初日なのでまだまだ元気だ。それに、私には今夜の温泉が待っている。
結局、長野には行かずに別所温泉へ向かう
思いのほか姨捨の棚田の撮影に無我夢中になってしまい、次の長野方面の列車に乗り込んだのは、ホームで停車している数分のところだった。時間ギリギリで危なかった。というか、駅へ戻る道すがら、やや小走りになっていたくらいだ。
結局、時間も時間だし、何だかいきなり疲れたので、長野県立美術館へ行くという当初の予定は取りやめて、今夜の宿である別所温泉に向かうことにした。
【姨捨→別所温泉 1,410円】
13:19発 姨捨 JR篠ノ井線・長野行 240円
13:33着 篠ノ井
13:54発 篠ノ井 しなの鉄道・小諸行 580円 ※18きっぷ対象外
14:24着 上田
15:10発 上田 上田電鉄別所線・別所温泉行 590円 ※18きっぷ対象外
15:37着 別所温泉
とはいえ、別所温泉の到着も予定外に早くなってしまったので、別所温泉街をぶらぶらと散策することにした。
実は、別所温泉に来るのは3度目なのだった。以前「岳の幟(たけののぼり)」という行事を見に来たことがあり、これは通常であれば毎年7月に行われ、とても色艶やかな幟が山から下りてきて温泉街を練り歩くという、珍しい雨乞い行事だ。国の重要無形民俗文化財にも指定されている。
別所温泉街はとてもコンパクトなので、名所を歩いて見てまわっても、それほど時間を要さない。中でも、国宝指定の安楽寺三重塔は外せない。寺の墓所に静かにたたずむ八角三重塔は、屋根の反り返りや精緻な木組みがとても美しいので、じっくり見てほしい。約700年前にこの塔の建立に携わった人たちの技術力や美的センスに感嘆せずにはいられない。
そして、北向観音と呼ばれるお堂と、こじんまりとした参道も趣きがある。
お寺のお堂などは、通常は南に面しているものだが、ここは善光寺と向かい合うようにして北に面している。
参道を歩いていると、昆虫食の自動販売機を発見した。
ネット通販でもしばしば見かける「昆虫食プロテイン」の他、タイの契約農家から海を渡ってやって来たというココワームも販売している。伝統的に昆虫食が盛んだったという信州地方(南信州?)ではあるが、こんなにさりげなく道端に自動販売機が置いてあるとは、不意を突かれてしまった。買ってみたかったが、100円硬貨のみということで、あいにく、持ち合わせがなかった。
別所温泉「旅宿 上松や」の平日プラン
別所温泉は、ひとりで泊まるにはリーズナブルな宿の選択肢も少ない。
が、しかし、こちらの「上松や」の平日素泊まりプランだけは値ごろ感があり、宿のクオリティと比べても、お得感がある。部屋は日によってのお任せだが、畳敷きの小上がりなんか付いちゃったりして、小上りが好きな私にとってみれば、小上りがあるというだけで小躍りしたくなるっていうもんである。
温泉は内風呂と露天風呂。ほんのり硫黄の香りがするお湯は飲泉もできる。
ロビーにはジュースやコーヒーの他に、ワインや日本酒のフリードリンクもあったり、風呂上りにはセルフの味噌スープが用意されたりしていて、畳敷きの小上がりを付けてもらった私には、言うことはもはや何もないのである。
とはいえ、素泊まりともなると別所温泉では夕食の選択肢が乏しく、コンビニエンスストアなどという便利なものも存在しない。結局、この夜は、別所温泉駅前のイタリアンなレストランでパスタとビールで済ましたのだった。
(後編に続く)
※本記事は2022年8月の情報を元に記載しております。